勘違いの個性、甘えの理性

勘違いの個性

これは、人間すべての問題ですが、社会の中で、社会に合わせて生きることが没個性、で社会
に逆らい、自分勝手に生きることが、個性的な人間と思う勘違いが多々有るように思われる。
ただ、社会そのものにも、というより社会と称して、単なる群れの迎合、嫌がらせが、本来の
個性を消沈させる作用をしている、こともなしとは言えない。
現代の、一過性の流行とか、トレンドなどとカタカナ語でふりまわされている現代人と称している
一世代前のような人々の行動にはとくに目をみはるものがある。
個性的にと、本人は取りたててそう思っているみたいだが、なれの果ては右を向いても、左を
向いても同じ物、同じ格好、でそれでもそうしないと、遅れていると思い、或いは思われることを
恐れ、結果、結局みんなと同じになる、それで安心し、ひとつの商圏が生まれ、ブームを創出
する、それを後押しし、あるいはでっち上げて、後れまい、を助長する。
それを無視すれば、ださい、と意味のないことばでかたづけ、群れることに酔う。
この現象は演じるほう、見るほう、双方とその社会そのものの体質です。
こういう状況の社会体質のなかから、個性ある生き方、とか個性を伸ばす教育とか、の議論は
何か間が抜けているような気がしてならない。
群れていなければ安心できない、群れの中をしゃあしゃあと生きている人の集まりが
個性を伸ばす生き方をゆったり眺めていけるだろうか。

 

甘えの理性

物事の原因をなにか他のもの、他の人、外界にもとめ、決して自分には無い、あくまでも自分を

第三者に仕立てる。こういう思考を知らず知らずに行い、習慣化している自分達に気がつかない。
しまいには、自分の悪い原因すら他人のせいにする。周囲の環境のせいにする。
それを、理解しようとか、解ってやれなかったことが悪かった等と、もっともらしい、えせ理解者が現われ、
本質を見失った理解ゴッコが社会にまかり通る。それをみすかした甘い自分達がそこに居る
2000年9月14日


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